前回にひきつづき、私の半生を振り返っております。




丁度、15歳のとき 世界初のフルCGアニメーション

「トイ・ストーリー」が上映され

びっくりして2度、見にいきました。




人物描写は固かったけど、

おもちゃキャラクターたちの、

生き生きした動きとデザイン!





スタジオジブリも「耳をすませば」で

一部、デジタル処理を始めた頃です。









ああ、これからはコンピューターでなんでも作れる時代になりそうだ。



素人でも映画が作れる時代がくるかも。



マンガも、コンピューターで描けてしまうかな・・・








宅録もやっていたから、余計にそう感じていたんですよね。



だって、売ってるCDみたいな音質の楽曲が、

機材さえあれば中学生でも録音できたのです。




↑ 記者さんに、音楽オタク少女扱いされてます。






マンガも少し描いていましたが、

男女の描き分けとか、小物のデッサンとか、

ストーリーの組み立て方で悩みはじめていたところでした。

描いても、内容が浅いの。



マンガ描いてることは、人に話してなかったし、

頭の中を見られるようで恥ずかしくて。

誰にも見せていなかったから上達するわけないですよね。















じゃあ、私は美大でコンピューターを学んで使えるようになろう!





とは思わなかったんです。









コンピューターさえあれば制作ができるようになるなら、

しばらく技術が発展していくのを見守りつつ、


自分は「手」を使った絵画力をつけたい、と思ったのです。





ディズニーの制作者も、相当絵画を訓練して

その能力をCGに落とし込んでいるはず。





一旦、マンガ家は保留とし、

大学の目標を絵画専攻に決めました。







ここで、

「日本画」と「油絵」について。



併設されている美術大学がありますが、

画材とルーツが異なるだけで

どちらもファインアートです。




墨汁と、
岩や宝石の原石を砕いた絵の具を

膠(にかわ)というコラーゲンを溶かして接着剤にし、

和紙に描きます。


明治維新以降、海外から入ってきた西洋画、に対して

中国がルーツの大和絵のことを日本画と名付けられました。



銀座のギャラリーや、

日展や創画展に通って、

マットな日本画の質感に惚れてしまいました。










けれど、日本画専攻のある学校が少ない。

さらに、募集人数が少なくてどこも高倍率。

東京芸大は40倍とかだったかな。






その美大の実技試験のために予備校があります。


石膏デッサンと、水彩画の静物画、人物画を


ほぼ1〜2日で描きあげる訓練をします。





授業料もお高いの。



1浪どころか、多浪生が予備校の昼間部に沢山通う、

不思議な世界でした。


















そんなファインアートに、

将来を見いだせない父親は猛反対!




何度も説得しましたが、父は聞き入れる気ナシ。



娘は、長年考えた末の進路を変える気ナシ。



お互いに壮絶な意地の張り合い。


なんと、自分で予備校の授業料を出すことにしてしまいました。




(すみません。20年経ったので時効にさせてください)

校則違反なのでばれないよう、ファミレスの厨房でアルバイトして

お金を貯めました。





都心への交通費と、一部画材代は

母がこっそり出してくれました。





だから、「モトをとるわ!」

という執念で、受験予備校は講習会くらいしか通えなかったけれど



そこそこは描けるようになったかな。









がんばったら認めてもらえると思っていたけれど



ついに、高3の夏に、



「浪人は認めない」
「東京・神奈川の美大以外はだめ」
「美大以外の大学も受験すること」



と、かなり苦しい条件を両親から出されました。







学校の中でもかなり絵が上手な子ばかりが通う

予備校、そこから

浪人生も含めて全員合格はないのです。

「現役合格」がどのくらい難しいことか。











ところが一転、
受験生の年の秋、 

美大から、私の高校へ
初めて指定校推薦枠がやってきたのです。


中学受験と、勉強をあきらめずにやっていたことが
ここで、効いてきました。

美大進学の役に立つとは。



絵画課題と、高校の成績表と面接で

入学枠の少ない日本画専攻に合格することができました。















受験にチャレンジしなかったことはすこしだけ後悔はあります。

どこ位のレベルだったのかなー?くらいですが。







このように親がチャレンジを制限すると、



「上辺がいい子ちゃん」は失敗を恐れて

手がだせなくなってしまうのです。





この点、わたし自身が親になった今、

忘れてはならないポイントです笑





親の気持ちも、わかっていたから。


ちょうど前年に、山一證券が破綻。

銀行の支店長も安泰ではなかったんだろうな。


まだ中学生の妹と弟が2人いましたし、

教育費がかかることは高校生でもよく知っていましたから。














しかも、

アルバイトと受験勉強を長く続けて

私は体を壊してしまったのです。


鎌倉駅のホームで

お腹からエイリアン出てきそうなくらい痛いよーって友達と笑ってたら

次第に笑えなくなり、

盲腸・即手術でした。

そのあとも倒れて再入院したりね。













そんななので、



受験をしていたら全滅だったかもしれないし、



違う大学なら就職先も違っただろうから、


今のわたしはいなかったと思います。








さて、

美大に通うことが目標になった高校時代を経て、



こどもの頃からの夢をかなえた大学生は


どんな学生生活を送るでしょう。













つづきはまた・・・





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前回の続きです。






うっかり「お嬢様」学校へ通った庶民のお話です。







公立の小学校時代は、
毎日のようにクラスの男子と喧嘩をしていました。

口げんか、
たまに殴り合いで目に大アザをつくることも。

精神的にまだ子どもなのに、
嫌味を言って攻撃してくる男子が許せず、
こちらも手加減なしで相手にしていました。

早く「大人にならないと」と思って育ってきたので
「生意気なガキンチョ男子」が許せなかったのです。



反対に、女子は敬遠していました。

裏でものすごいことを言ったりする娘がいて、
集団になったときの世界が恐ろしかった。

そういうのは、関わらないほうがいいのだと思っていました。


だから、女子校なんて 怖くて怖くてたまらなかったのです。






では、入った中高一貫校はどうだったか、というと



面白くてやさしい女の子たちと友達になれて、
すぐに学校が、楽しくなりました。


校則は細かかったけど、のんびりした校風。

だらしない男子生徒もいない笑
それを怒鳴る先生もいない笑


いい6年間を過ごすことができました。

悲しいこともたまにあったけれど、それ以上に
友達と、経験が私の人生の宝物になりました。

ほんとうに、良かったー 






自宅から、車ですぐ着く距離なのに、

のんびり走る、江ノ電で通学しました。


朝は5時半に起きないと遅刻です。











小学校の頃に、気づいたら背負っていた




「成績いい子がクラス委員やるのは当然でしょ」




「ピアノ習ってるなら、伴奏やってね」

みたいな、仕事の責任感のしんどさから



解き放たれたのも、楽しかった理由かもしれません。



付属小学校からの子は、お家柄の良いお嬢様で
優秀な子もたくさん!

ピアノが上手な子は、別格ですもの。






勉強以外の仕事が減って、
希望どおり、マンガも絵も、たくさん描けました。



小学3年生の弟と一緒に

個人の先生がやっている
絵画アトリエに通いはじめ



中1からようやく本格的に絵の勉強を開始。

こちらで6年間学びました。


デッサン、油絵、ステンドグラス 人物画
など。












自動で高校にも入れるので、部活は中学、高校合同。

美術部の部長もやりました。



授業も美術を選択して、
メンバー合作で文化祭の大きな看板をペンキで描きました。


サンダーバードのキャラクターとロケットをモチーフに。




















そうそう、
美術からは脱線しますが
大事な趣味の話。





キーボードを使った宅録も趣味でやっていて、




JPOPやバンドのスコアを元にデータを作って分析したり、
アレンジしたり


曲を作って、テープに歌を入れてました。


小室サウンドが大ヒットしていた頃ですね。
私は、それよりも
マッキーさんや、
小林プロデューサー寄りのほうが今でも好きです。





中一のときはちょっとだけエレキギターを触り、




中3のとき、キーボードマガジンという専門誌に

YAMAHAシンセサイザーのモニターになって載ったり、




高1のときは、ティーンズミュージックフェスティバル

(aikoさんと椎名林檎さんが出身のオーディション)

の神奈川県大会に出たこともあるの。

会場は、ランドマークタワーホールでした。

(これ出たおかげで、数学の試験で赤点とった笑)




高校の文化祭では

私の作ったリズムデータで、
ボーカル・ベース・ギターの子とライブもやりました。






学校の聖歌隊に選ばれて、2年間くらい
学校行事や朝礼放送で歌いました。
音楽の歌の試験中、先生に声楽部にスカウトされたことも。

宅録で、歌もマイクで入れてたから、そこそこ音程がよかったのかもしれません。






でも、歌声かわいくないから歌手は無理だし、作曲も才能ないなぁ、

趣味で続ければいいや。

やっぱり私、絵画の道をいこう

なんて確認しながら。






運動部の子達はキラキラ輝いて見えましたが、
わたしも地味〜に、文化部系を満喫していました。





あと、もう一つ、大好きだった趣味が
手芸です。

編み物やししゅう、フェルトでマスコットづくりを
得意な母と一緒にテレビをみながらするのが
とても楽しかった。

ちなみに母方の祖母は和裁士、
父方の祖母は編み物や洋裁が得意でした。

「夫人百科(いまのおしゃれ工房)」と
「暮しの手帖」を熟読していた孫でした。






当初の目標だった


美大進学のための予備校を
中3頃から見学してせっせと探し回り、

高1のときには、もう御茶ノ水とか、新宿とかの

某有名予備校の「日本画コース」の講習に通ってました。








しかし、予備校・大学受験を 父に猛反対されたのです。






あれ、マンガ家になりたかった話はどこに?


次回、ターニングポイントを書きます。



続きはまた・・・







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Tracking+ 



サイトに、かばん作家としての活動のプロフィールがあるのですが


それを始めるまでの背景について、


知らない人のほうが多いかもなぁ、と思い



10周年の記念に、改めて半生を振り返り、書くことにしました。











長くなりますので、何回かに分けます。

挿絵もすこし描きました。

気長にお楽しみくだされば嬉しいです。


















私は「美大に入る」と小学校の卒業文集で宣言するほど



絵が好きでした。







絵画教室など通っていていたわけではありません。



習い事はピアノを週に1回だけで

山あそび浜あそびをする、葉山の小学生でした。











父は銀行員、母は専業主婦、歳がすこし離れた妹と弟(年子)。



母は年子の子育てで忙しく、



私は4歳くらいには「おおきな」お姉ちゃんとして扱われて



あまり甘えてはいけないような気がして、我慢をしていました。



お手伝いはかなりイヤイヤやっていたけど、

漫画を読んでも、

勉強しないでテレビをみても、

口うるさくされるわけでもないので

気楽に暮らしていました。











さて、なぜ美大に行きたかったかというと



マンガ家になりたかったのです。



月刊りぼんが楽しみで、自分もマンガ家にあこがれるように。



デッサンの訓練ができれば、大人になったらマンガ家になれる!と信じていたのです。











5.6年生の時の担任の先生が 指導がとても上手で



思いがけず、自分が絵を描くことが好きだと気付かせてもらえました。







小学校では、たまに誰かからクラス委員に推薦されて

しぶしぶ委員をやっていた、ちょっといやな思い出もありますが・・・















当時 神奈川県には ア・テストという制度があり、



実質中学2年生から受験勉強が始まるという



なかなか過酷な時代だったのもあります。





高校受験をする時間がもったいない、本格的に絵も勉強したい、と考えたのです。









中学受験をする、と自分で決めてからは



週6日、バスに乗って逗子の塾に通い、



日曜日は模試を受ける生活になりました。











その合間にも、月刊りぼんは毎号欠かさず読み(笑)



Gペンと丸ペンと、インクに

ケント紙を買い、まんがもせっせと描いていました。











勉強のほうは、まぁまぁ、

最初は成績が下のほうのクラスから始まったので

テストの点や偏差値があがっていくと面白くなってきて。



塾の先生は厳しかったけど、



クラスメイトが面白かったので、通うのが大好きでした。











親は「中学受験する」と言われてびっくりしたそうです。



金銭的な負担は今も申し訳なく思いますが、

講習中はお弁当を2個作ってくれて(昼食と晩御飯)

通わせてくれました。











動機が「美大にいきたい」なので



志望校は都内の美大に進学実績がある横浜の共学校でした。







しかし、こちらの受験日程が2/4と遅め。



2月1日開始の中学受験は第一志望から数校受験していくものらしいのです。







そこで



塾の先生に強くすすめられ、また、


「一緒に受けようよ!」と塾のクラスの友達にすすめられて、



湘南にある女子校に、練習もかねて受験することにしました。







(最初すすめられたときは、女子ばっかりの世界を想像して

怖くて泣くほどいやだった笑)











当時の倍率で7倍くらい、偏差値も横浜の学校よりだいぶ高めだったと思います。



教室で「この席の縦の列で1人くらいしか入学できないんだなぁ」



とクールに考えながら受験。











なんと、友達は受からなかったのに、



私が受かってしまったのです。







その友達に、



「よかったね、彩、おめでとう!」と涙目で言われて



わたし、ここじゃない学校のほうが行きたいんだけどな、



とは言えませんでした。







親や、先生たちも大喜びしてくれて、



これも運命なのかなと思い、入学することにしました。







こうして、進学校・しかも女子だけ・小学校からの内部進学生のほうが



多い中学校へ、うっかり庶民が通うことになったのです。











中学校生活はどうだったか、



マンガ家の夢はどうなったのか、







は、次回をお楽しみに。









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↑クリックで拡大になります。


DM発送完了いたしました。
都内近郊以外の方、
おそらくいまは育児で手一杯でしょう、と私が察した方は
郵送リストから外しておりますが、
それでも行きたいわ!と思われましたら、
こちらの画像がDMと同じになりますので、ご覧くださいね。



Tracking+ 冬のキャンバス

2015年12月5日(土)から20日(日)まで

平日は14時から20時頃まで ←変更になりました!
土日 12時から18時頃まで

東京都新宿区神楽坂3-2 林ビル2階 googlemap
ここん. にて。



店主さんのご都合で、営業時間が
少し変わることもあるかもしれません。

当日の営業情報は、念のため
ここんtwitter

でお確かめください!
 


Tracking+在廊予定は未定です。
初日の午後1時(超ピンポイント指定)に、納品で
子連れでお店にいるかもしれません。

初日は、保育園の劇発表会があって
母はバッグフェアと同じくらい緊張しています。
長女は「七ひきのこやぎ」のおかあさん役をやるそうです。
先月の運動会は、親を見失って、おゆうぎ中に
ポンポンを放りなげて号泣していました笑
だから、ちゃんと前のほうで笑って見てあげないと!

どちらも、緊張するけど、とっても楽しみです!



 
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昨日、リビングweb かぞくのハンドメイド アップしました。

「多摩でこどもと一緒に手芸店へおでかけ、オススメ3店 プラスα」

多摩版のページなので、地元ネタを書いてみました!

でも、おまけで、どうしてもおすすめしたい
わたしのふるさと湘南の生地屋さんも載せました。



ちなみに、かばんの資材の仕入れは、多摩ではなく、
蔵前の問屋街や、浅草橋、日暮里へ行きます。

通販が便利な時代になりましたが、どうしても
足を動かして探さないと、納得できる材料に出会えない。

ここは、作り手として省略できないことです。

妊婦だろうが、産後だろうが
がんばって通っていました。

さすがに新生児はつれて行けなかったけど。


数年ぶりに、ブログランキングの参加を再開しました。
ポチッとな、で応援お願いいたします。



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昨日、多摩センターにあるキャリア・マムの社長 堤香苗さんの講義を受けてきました。
創業支援セミナー、人材活用(マネージング)について。

面白いなぁ・・・話上手だなあ・・・
と聞いていたら 元アナウンサーの方でした。
今は年商3億の社長で、お子さんはまだ小学生とは。
あっという間の4時間。
残りの講義も楽しみです。

思いがけず、来月のフェアの告知の時間もいただいて、
久しぶりに持つマイクの手が震えました。

別の機構のセミナーで知り合った Webマーケティングコンサルタントの方のFBで
たまたま知ったこのイベント、
我が家の駅で、こんな会社があったとは、と驚きでした。




話は変わりますが、先週はファミリーサポートの提供会員資格をとるため、
3日連続講習に参加してきました。
いずれ受け入れもしていく予定です。

こどももまだ小さいし、仕事もあるのになぜ、提供会員になったかというと

自分も、ファミリーサポートを利用したいんです。
今すぐにも、切実に。

けれど受け入れしてもらえる提供会員が少なくて、待機を続けています。

ボランティアだし、市役所のスタッフが少ないのは仕方ないのかもしれないけど
両方の会員が増えて、マッチング率が向上することが第一の課題。

シッターさんを利用すればいいんだけど、
たとえば、うちの娘たちはおじいちゃんがもう亡くなっていて、
代わりにはもちろんならなくても、
地域のおじちゃんおばちゃんに子育てを見守ってもらいたい。

そうだ、自分も地域のおばちゃんだから、提供会員になろう と思ったのです。

行政に不満を持って、待っているだけ、じゃだめだと思って。

(他の3つの市の役所のほうが、家から近い八王子市民です)
八王子のいちばん端っこで、地味に頑張っていこうと思います。






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本日 リビングwebの連載 vol.9 アップになりました。

先週の記事はこちら
こども服をつくろう!第5回 型紙があればリメイクも簡単!

本日の記事はこちら
 「手づくりならではの、楽しいワンポイントづくり」


市販の洋裁本には(おそらく)載っていない、
ハンドメイドの仕上がりを本格的にするヒントに
特化した記事になるように、心がけてます。

楽しんで読んでもらえたらいいな〜


さて、いよいよ半月後
神楽坂でのフェア開催ですー!

むすめたち、そろそろ風邪が気になる季節。
いくら用心しても、こればっかりは
予想ができない悩みの種ですね。

とりあえず、
フェアができるだけの在庫はできたので、
これからラストスパートです。


毎年のお客様へは月末にDMをお届けいたします。

ご興味がおありの方は、お気軽にHPのお問い合わせフォームから
ご住所をお知らせくださいませ。

近日DM画像もアップいたしますねー。   




余談ですが
季節の変わり目&手の酷使で
手荒れがひどくなってきてしまいました。
しばらく洗濯石鹸・食器洗いも石けんに戻そうと決めました。今朝から。

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本日、更新になりました。
サンケイリビングweb多摩の
9人の技ありブロガーズの記事です。

「こども服をつくろう!第4回 ミシンのコツ」


 
私が知り合ったミシンのメーカー社員さんも、
ミシンの修理職人さんも、

ミシン針とミシン油の重要性は
口を酸っぱくするほどおっしゃっています。

お家の押入れから
たまに登場するミシンをお持ちの方で
「久しぶりに動かしたらうまく縫えない!」
ということもあるかもなーと思って記事にしました。



 

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長女が先月誕生日を迎え
子育て開始から4年がすぎました。

先週も次女が胃腸炎でお休みにだったけれど、
カゼはどの程度で小児科にかかればいいか、
どこをかかりつけ医にするか、など
悩ましい問題がすこしずつ、ですが
ほどけてきました。


最初は大変だったなぁ。

激混み小児科へ、夫と私、交代でつれていき
何時間も待たされ、
薬をもらうのでまた1時間かかり・・・

誤診もあったし、
去年は次女が入院もして、
本当に辛かったです。
今年になったら二人とも、病気も減り、
おどろくほど体が強くなったむすめたちです。

 

 

さて、昨年、多摩センターで
渡辺久子さんという
慶応大学病院の小児科の先生の講義を受ける機会がありました。


渡辺先生が勤務小児科医を続けるため
家のご近所さんと保育グループを作り子育てしてきた話など、
いまだに頭の中に常にあって勇気づけられています。
 
先生が取り組んできた「こころの病気」については、
虐待の影響、心の病気のその後、の症例を聞いて
胸が痛くて涙なしには聞けなかったです。





この本は、小児精神科専門の渡辺先生だからこそ書ける本です。
出版年はすこし前ですが、情報の本ではないから
いつ読んでもいいと思います。




あと、別の先生の書籍ですが、文庫化もされた
この本



これもうっかり電車の中で泣いてしまいました。
カウンセラーの仕事ってすごい。



本が大好きです。
育児書もよく読みますが、
知識を入れることからはじめる、
典型的な育児ノイローゼになりやすいタイプの母です(笑)

でも、育児でいっぱいいっぱいの状況から引き抜いてくれるのは
自分の頭の中ではなく、
人との出会いや、家族です。
なかなか人に甘えることはできないけれど、
それがわかっていればいいのかなー
とぼんやり思っています。
 



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今年も神楽坂のここん.さんでフェアをやります。
日程は12/5スタートの2週間の予定。
今回から、お店の営業時間が平日、14時から20時に変更になる予定です。
(土日は12-18時のまま)

近日撮影予定なので、バッグの写真はまだないのですが
仕上がり次第載せますねー。
なんだか肌寒い雨空つづきで、撮影日が今から心配。
 


フェアではこっくり深い秋冬色の帆布のマルシェバッグが
たくさん並ぶ予定です。



今回も新柄でたくさん布にプリントしました。



刷りましたよ、ポストカード! 
全部で6色パターンで、
Thank you の文字なしタイプも用意しました。

罫線はないけど、けっこう使えそうなポストカードです。

「ありがとう」って大事よねー。