前回のつづきです。



念願だった、美術大学に現役合格!




日本画を思いっきり勉強して

作家か、絵の先生か、技術を生かした職業につきたいな。



マンガはすっかり描かなくなっていました。


クラスメイトは超達筆で、

筆ペンでマンガをサラサラ描けるんですよー



己のマンガ家になる才能がないことを思い知りました。





通学に往復5時間かかるので、一人暮らしも始めました。





美大の授業料に、アパートの家賃  親には本当に感謝しています。








描いている姿の写真が一枚も残っていないのでこれを。

成人式の年、広報さがみはら に載ったとき。







成人式は出席しないで 当日はアルバイトしていました。



晴れ着と着付けのお金を親に頼むのが申し訳なくて。



後日、親戚の振袖で記念撮影だけしました。









葉山のビーチサンダルのお店、



げんべいを描いたこともあります。











鳥獣戯画や、紫式部日記絵巻も模写しました。









こういう絵を描いてました。

これで、幅1.5メートルくらいの巨大な絵です。







学年があがると絵のサイズもどんどん大きくなって、

画材のお金も、毎日の食費も稼がなくちゃならなくて



勉強よりアルバイトのほうに時間をとられるようなかんじに。







絵の具を買う?それとも学食いく?どっち?



みたいな。









でもアルバイトもとっても楽しかったんです。






アルバイト先はまたファミレス。


出世して責任者(正社員の代わりみたいなもの)もしていました。



「メンバーが楽しく働ける職場」を目指して



高校生、大学生アルバイトチームの人材マネジメントをしてました。



だんだんと

社会の構図を理解していきました。




正社員、アルバイトの人件費の差とか、



マニュアルをどう徹底させていくか、



客単価、とか、原価率、



お店の水道光熱費がどのくらいかかって



収益がどう作られていくのか。







客席には、

親分や、おかまバーで働く人、


ウェイトレスを盗撮するひと、


キレる老人や


刃物を持参して無銭飲食する人 

が来ました。









そんな困ったお客さんを笑いとばす



タフな精神力をもつ 学生〜主婦世代の従業員同士、



仲良くなって呑んで騒いで、愉快な思い出です。





バイトの後輩から


キーボードメンバーを頼まれて、ライブも何度かやって、

とてもとても 楽しかったー













趣味の手芸も、編み物したり、

洋服を買うお金がなくて縫ってました。




アクセサリーを買ってくれるような素敵な人もあまりいなかったので、

自分で作っていました。













20歳のときには、高校時代の同級生と2人で



ヨーロッパ美術館めぐりに半月間行きました。



存分に 西洋の鬼才天才のアートと建築を目に焼き付け、



ローマのジプシーのこどもに怯え、



ミレニアムの装飾がされたエッフェル塔を眺めてきました。















そんなふうに、

美大生を満喫していたのですが、











祖父母が相次いで病気になり、


なんと、働き盛りの父まで病気に。


大きな手術と治療入院をしました。




父が勤めていた銀行は再編も加速して、

仕事も難しい時期だったと思います。








もう画家も、あきらめていました。



教員免許は、取るのを途中で辞めました。


実は、小・中・高の時点で、

先生とのトラブルを泣きながら飲み込んだ思い出が。



簡単に言えばそれがトラウマになってしまって

自分は先生にはなりたくない、と思ってしまったのです。








とにかく大学卒業後は自立しないといけないので



就職活動に失敗するわけにはいきません。



就活の費用も自分でなんとかしなければなりません。



すでに、就職氷河期がこじれて長引いておりました。











画家になるには才能はもちろん、


情熱と、人脈と、



経済的な問題がクリアできないと



制作って続けられないんだなあ、と



しみじみ感じました。















就職活動では、手広く応募しました。




日本酒好きな美大生を、


最終面談まで呼んでくれたお酒の会社もありました。





人前で話すのは嫌いなのに、面接は上手くいくのです。




ひょっとして、芸術家より、商人のほうが自分は向いているのかな、

と ほのかに感じていました。





大学4年の夏には、デザイナー求人の



教育系出版社と、手芸メーカー 2社の内定をもらい、



無事に就活を終えました。






ええ、もちろん、

手芸メーカーのほうへ喜んで入社を決めました。











のちに、父から




あなたの就職の面倒をみてあげなかったことが



いちばん心残りだ








なんて言われてようやく



現実を知ることになるのですが。













次回へつづきます。

























バッグ・小物 ブログランキングへ




 
コメント
コメントする
トラックバック
この記事のトラックバックURL